はじめてのテント泊の思い出 【北アルプス・劔岳】

山行記録

2011.8.16~8.17

北アルプス・劔岳

 

はじめてのテント泊の思い出【北アルプス・劔岳】

ディーアイがはじめてテント泊をしたのは2011年、夏の北アルプス、馬場島から早月尾根を経由しての劔岳往復ルートでした。

はじめて剱岳を目にしたのはその前年の2010年の9月。

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立山にて、山をはじめたばかりの自分が見た剱岳の感想は、「あんな岩だらけの山登れねーよ!」というものでした。

天に突き上げるようにそびえる岩峰は、当時の自分にとっては遠い世界でした。

 

2011年の春から夏にかけて、甲斐駒ヶ岳や北岳、塩見岳などで山小屋泊登山を行い、岩場も混じる3000mクラスの山に登る自信がついてきました。

そして、岩場を含むルートを登ることに面白さを感じてきたので、その勢いで劔岳に挑むことにしました。

また、毎回山小屋に泊まるのも予算的に厳しいので、長い目で見ると安上がりとなるテント泊もしようと思い、初めての個人用テントも購入しました。

はじめての劔岳。はじめてのテント泊。

当時の自分にとっての試練と憧れに満ちた山行となりました。

 

劔岳のルートについて

剱岳の一般登山ルートは大きく分けて2つあります。

 

別山尾根ルート

劔岳登山で最もメジャーなルートがこちら。

立山アルペンルートを利用して室堂から入山する、別山尾根からのルート。

こちらはトロッコやバスなどを利用して標高2,450mの室堂からスタートできるので、体力的には比較的楽なルートになります。

ただし、こちらのルートはカニのタテバイやヨコバイなど、鎖場を多く含んでおり、危険度としては次に紹介する早月尾根ルートより上になります。

一般ルートとしては日本で一番危険度の高いルートとも言われています。

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早月尾根ルート

早月尾根は標高750mの馬場島から劔岳山頂まで連なっている長大な尾根です。

岩場の難易度こそ前述の別山尾根ルートに劣るものの、登山口である馬場島からの標高差は約2250mと、日本で最も標高差のあるルートのひとつとなります。

早月尾根は北アルプスの三大急登にも数えられており、単純に長い距離を歩く必要があるだけではなく、傾斜も厳しくなっています。

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剱岳の山頂を踏むには日本屈指の鎖場ルート、もしくは日本屈指の標高差・傾斜のあるルートか、どちらかを選ばないといけないわけです。

『試練と憧れ』『岩と雪の殿堂』などの言葉で表される劔岳。

山を登る人にとって、別格感がある山ですが、それだけに多くの人をひきつける魅力を持っています。

 

馬場島から早月尾根ルートへ

さて、今回の登山ですが、選んだのは標高差のある方、早月尾根ルートです。

ルートを選んだ選んだ理由は、金の問題で、アルペンルートを利用すると1万円ぐらいかかってしまうので、その費用を抑えたかったからです。

富山県の馬場島、馬場山荘前に無料駐車場があるので利用させてもらいました。

深夜に馬場島着。車中泊で夜を過ごし、翌朝から登山開始をしました。

 

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出発時撮影。

馬場島にはキャンプ場があり、テントを張って泊まることもできるようです。

 

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劔岳登山口付近には石碑がたくさんあって、これから“あの剱岳に向かうんだ”という緊張感をかき立ててきます。

 

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「これから標高差約2200m、日本屈指の急登ルートである早月尾根から岩と雪の殿堂の剱岳に向かうんだ」という事実に、内心ドキドキしっぱなしでした。

 

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朝の早月尾根。

有名ルートだけあって道は明瞭。初っ端から噂どおりの急登でした。

 

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最初に買った大型ザックは、カリマーのFlyer 50-75でした。

はじめてのテント泊装備は、20kgぐらいの重量があったと思います。その頃は何が必要で何が不必要なのか、経験不足からあまり理解できていませんでした。

重い荷物なので、急がずゆっくりと登ることを意識して進むように心がけました。

最初の30分ぐらいは、「20kg背負ってもゆっくり登れば何とか大丈夫だな」と余裕でしたが、徐々に荷物の重さを感じ始め、荷物が肩に食い込んできました。

 

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剣岳というと岩山のイメージでしたが、途中には自分のイメージにはなかった杉の巨木もあり、新鮮な発見に驚いていました。

 

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木々の合間から、周辺の山々も姿を見せてくれました。

その当時はどれがどの山かもわかりませんでしたが、雄大な景色に圧倒された記憶があります。

そして、先に進めばどんな景色が見られるんだろうか、とワクワクしていました。

その反面、重い荷物にどんどんと体力を奪われていき、少し歩いては立ち止まって呼吸を整えてを繰り返して、歩くペースは完全に乱れていました。

 

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登山口を出て間もない頃には、

「早月小屋なんてコースタイムで5時間だし、俺なら3時間で到着できるな」と余裕でした。

一応コースタイムよりも短い時間では歩けましたが、到着時には疲れてフラフラでした。

慣れない重い荷物(テント泊装備)を持っての登山はどれぐらいのペース配分で登っていったらいいのかもわからず、知らず知らずに日帰り装備の時のような歩き方をしていたのもあったと思います。

小屋にたどり着いたときには「今日はこれ以上歩かなくて済む…」と心底ホッとしました。

 

テント設営

早月小屋で受付を済ませ、早速テントを設営しました。

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アライテントのエアライズ1。ネットで色々調べたり、登山用品店の店員さんと相談したりして選んだテントです。

寝袋は寝心地が良さそうなモンベルのスーパースパイラルダウンハガー#3でした。

この辺の選択は正解だったと今にして思います。

 

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家で何度もテントを張る練習をしていたので、テント本体の設営はスムーズにできました。

「山では疲れていることもあるし、強風や雨の状況でテントを張らなくてはいけないかもしれないから、できるだけスムーズに設営できるようにしておこう」

と、イメージしながら練習した甲斐がありました。

この日は幸いにも、テント設営時には強風も雨もなかったので、問題はありませんでした。

コードの固定とペグ打ちに関しては家の中では練習できなかったので、他の登山者が張ったテントを参考にして、を見よう見まねで行いました。

コード類をその辺の岩で固定するやり方は、なるほどと感心した記憶があります。

また、当時は山の経験も少なかったので、周りにいる登山者全てが山の達人に見え、畏れ多くて勝手にビビッていました。

 

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天気予報では1泊2日の山行予定日、両日とも晴れの予報でした。

しかし、小屋に到着した頃にはあたりはガスに包まれており、昼からはポツリポツリと雨も降ってきました。

雨は降ったりやんだりで、テントの中で雨音を聞きながら、翌日の劔岳登頂に向けて期待と不安を抱きながら時間を過ごしました。

 

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記念すべきテント泊第一回目の夕ご飯。

今見返してみるとものすごく貧相ですが、当時は自分なりに軽量化やらなんやら考えて選択した食材だったのかも。

当時はちゃんとテントで寝られるのだろうか、といったことや、剱岳に無事に登れるのだろうかという心配が先行してしまって、山でちょっとした料理をするといったことまでは考えられなかったのかも知れません。

 

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山はガスの中。かろうじて富山方面は少し明るくなった感じ。馬場島方面が見えてます。

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時々ガスが取れ、またすぐガスが沸いてきたりを繰り返していました。

その度に一喜一憂しながら、美しい景色を取ってやろうとカメラを構えていました。

悲しいことに、この日はこれ以上天気が良くなることはありませんでした。

 

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夕陽。

富山方面は曇ってはいなかったので、この景色を見ることができました。

後ろを振り返っても見えるのはガスばかりでした。

 

夕陽を見送った後は、明日の登山に備えてテントの中で寝袋に潜り込みました。

予想以上に体力を使って疲れていたのか、昼寝をしていたにもかかわらず、夜もぐっすりと寝ることができました。

 

劔岳山頂へ

写真撮影から山に入った身であるので、「剱岳から最高のご来光を写真に収めてやろう」と意気込み、暗いうちから出発しました。 

最初のうちはガスに包まれていましたが、雨は降っていませんでした。

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昨日と違ってテントはテント場に置いてきてあるので、いつもの日帰り装備ぐらいの重量で身体は軽かったです。

出発前には天気予報では晴れマークだったのに、いざ剱岳に来てみるとこの日はガスで、時々弱い雨に打たれるという状況でした。

ほとんど写真も撮れず、持ってきたカメラと交換レンズ3本と三脚はほとんど無駄な重りと化していました。

2600mの標識付近で、岩と共にその上にいたナメクジも一緒に掴んでしまい、「剱岳のこんな苛酷な環境にもナメクジがいるんだ!」という驚きが今でも印象に残っています。

その頃からだいぶバテてきて、荷物は軽いのにペースがどんどん落ちていきました。多分天気が悪くて行動食を出して食べるのもおっくうになり、シャリバテになっていたと思います。

ご来光の時間はとうに過ぎていましたが、劔岳山頂にはまだ着いていませんでした。

「いやいやここは剱岳だ。ご来光はまた今度。とりあえず今は無事に登って下山しよう」と、自分を戒めて進みます。

かなり警戒して自分なりに練習を積み重ねてきたからか、自分にとって早月尾根の岩場は特に難しいと感じる場所はありませんでした。

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そして、標高2999mの劔岳山頂に到着。

嬉しかった反面、天気が優れずにがっかりした気持ちも大きかったです。

 

劔岳山頂付近でひとつトラブル。

その頃はメガネをして登山をしていたのですが、劔岳山頂付近でなんとなくメガネを触ったら、フレームのとイヤーソックの付け根部分が折れてしまいました。

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※当時のしていたメガネとは別のものですが、写真は説明のため※

写真で赤く囲っている可動部の金属が、何が原因かは分かりませんが突然ポキっといってしまいました。

メガネがいきなり落っこちてしまったので焦りました。

エマージェンシーグッズの中にテーピング用のテープがあったので、それをグルグル巻きにして応急修理し、事なきを得ましたが、視力0.1以下の人間がメガネを失ってしまったらほとんど遭難でした。

それ以来、登山の時にはコンタクトレンズをするようになりました(何かあった時の予備としてメガネは持って行ってます)。

 

期待していた剱岳からの景色は展望が得られず、少しがっかりしての下山となりました。

テント場に戻り、テントを撤収した後に担いだザックの重いこと!

雨でぬかるんだ地面に足元を取られないように、慎重に下っていきました。

馬場島に戻ってくる頃にはすっかりフラフラになってしまいましたが、駐車場に戻ってきた時には、無事に剱岳から帰ってこれたという安心感と開放感が強かったです。

下山途中で時々パラパラしていた雨はやみましたが、結局天気は完全に回復することはありませんでした。

天候に関しては大満足とは行かなくても、あの剱岳に登れたこと、はじめてのテント泊山行ができたことは純粋に嬉しく、自分の中で一定の自信になったと思います。

「剱岳、次回は天気の良い時にまた来よう」

そんな思いを胸に秘めながら、帰路に就きました。

 

今の自分

その後は早月尾根から劔岳の再登を果たし(日帰りでも実施)、別山尾根からの劔岳登頂も問題なくこなすことができました。

ドキドキしっぱなしの初劔岳、初テント泊でしたが、今となってはいい思い出です。

 

自分自身、当時と比べれば成長したものだと思います。性格はちょっと捻くれたような気もするので、良くも悪くも変わりました。

あの頃の自分に、今は岩登りや沢登り、アイスクライミング等をしていることを伝えても、信じてはもらえないかもしれません。

劔岳、今の自分にとっては当時ほどの特別感はありません。面白い山だとは思いますが、自宅からちょっと遠いのでなかなか気軽に登りにいけないのもあると思います。

最近は行き先として候補に上がることはなく、ちょっと印象が薄くなってしまいました…。

機会があれば、次はバリエーションルートを狙ってみたいですね。

 

 

※今回の登山で使用した装備※

最初に買ったテントです。今も現役で使っています。他人の被りやすいのが欠点ですが、最初のひとつに買ってよかったと思っています。 

最初に買った寝袋です。ストレッチが心地良く、使い心地は最高です。春~秋にかけては今でも現役で使っています。

 

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