9月某日、沢登り中に発生した転落事故について記していきます。
【※注意】転落にて発生した傷の写真とか出てくるので、そういう系が苦手な人は読むのをご遠慮ください。
場所:長野県、木曽町、正沢川幸ノ川
登山タイプ:沢登り(日帰り)
時期:2019年9月6日
メンバー:ディーアイ、Mの2名
【沢登り中の転落事故】中央アルプス・正沢川幸ノ川
中央アルプス・幸ノ川
この日はお互い1日だけの休み。気温は真夏を思わせるほど高くなる予報だったので、日帰りの沢登りとしました。
比較的急に行き先を決めることとなったため、以前一度遡行したことがある中央アルプスの幸ノ川に行き先を決めました。自宅から割と近いし、無理なく日帰りできる沢です。
- 中央アルプス
- グレード2級
- 日帰りルート
- 登り系
- ヌメり少ない
- 岩脆い
沢登り開始
幸ノ川の出合は流木や、雨で流された石や岩が多く、前回来た時よりも地形が若干変わっているような印象でした。沢の様子が変わる…ということは、それだけ脆い地形であることに留意し、気を引き締める必要があります。
一部でロープを出しながら、順調に、楽しく滝を直登しながら遡行していきました。
事故発生
全体の2/3ほど登ったところで今回の転落事故が発生しました。
パートナーのMが先行していました。Mは5メートルほどの、階段状の簡単に登れる滝をフリー(確保なし)で登っているところ。自分はその手前にある段差状のところを登っていました。
自分はどういった転機で転落に至ったか直接見ていませんでしたが、事に気づいたのはMの叫び声。声に気づいて見上げると、ちょうどMが岩と共に転落し地面に落ちていく瞬間を目撃しました。
Mー曰く、一抱えほどある岩に乗り上げた時、「しっかりしていそうに見えたその岩が、乗った時に動いて外れた。一緒に落ちた岩に潰されないよう、崩れた岩と逆方向に跳ぶようにして落ちた」と言っていました。
Mが落ちた高さは2mほど。地面は大小の岩が散乱する不整な沢床。Mは膝から地面に落下し、咄嗟に手を着きましたが、衝撃を抑えきれず顔面も地面(岩)にぶつけていました。
受傷直後の状態
地面への顔面打撲の影響で、左眉毛外側部からの出血がまず確認できました。2cmほどの切創。清潔な水で洗浄したいところでしたが、ないので沢水で洗う。傷口は意外と深く、圧迫止血を試みましたが、なかなか止まらず。ステリテープで傷を塞いでガーゼ保護としました。下山したら、医療機関で洗浄と縫合は必要そうな印象。
意識レベルは受傷直後からクリア。顔を負傷していますが、脳へのダメージはないと信じたい。
最初にMが訴えたのは落下の際に打撲した左膝部の痛み。痛みで悶絶し、しばらく動けない様子でした。その後、咄嗟に着いた手根部の疼痛と動かしにくさあり(可動制限や変形はなし)。
しばらく痛みでうずくまっていたが、Mは「なんとか歩ける」とのことだったので、沢登りを再開。沢は2/3ほど登っているので、今さらリスクの大きい沢下りをするより、登りきって一般登山道と合流し、そのまま登山道に沿って下山する方がリスクは少ないと判断しました。
沢の中ほどだし、山の上部はガスって来ているので、ヘリでのピックアップは難しそう。谷にいるため携帯の電波も通じないし、最悪私が一人で登って救助を呼びにいくことになるかもしれないとい。
重い荷物はほぼすべて私が引き受けました。
落ちたときに突いた左手の痛みが強く、遡行再開ご、Mはほとんど片手で滝を登ることとなりました。片手で登るのが厳しそうなところは、私が先行してロープを用いて引き上げることに。2年ほど前に遡行した時にはロープを使わなかったような滝も、ロープを出したり、巻いたりしながら、落ちることがないようゆっくり時間をかけて登りました。痛みのため時々立ち止まりながらも、Mは懸命に足を進めていました。
登山道合流
幸ノ川遡行は沢を横断する登山道に出会った時点でフィニッシュ。
私は二回目だというのに気づかず通り過ぎそうになりました。焦りが背景にあった思います。Mが登山道の印となる赤テープを発見。そこで登攀装備解除。
今まで興奮状態だったところに、沢を登りきって少し気が抜けたのか、Mが受傷部の痛みをこれまで以上に訴えるようになりました。
受傷直後には気づきませんでしたが、気づけば右の下腿(前脛骨部)に異常なほどの腫張あり。落下・打撲の際に生じた皮下出血が拡大したものか。受傷直後に訴えていた左膝部外側の痛みよりも、今は主張した右下腿の痛みが強いとのこと。一人では沢靴を脱げないほどの激しい痛み。沢スパッツは痛みが強すぎて脱げず。「以前に骨にヒビが入った時より痛い」とMより。骨へのダメージ? 完全に骨折していたら歩行は不可能なはずだが、ヒビぐらい入っている可能性もあろうだろう。受傷時すぐにロキソニンを内服していたが、ほぼ効果はみられてない様子。
幸ノ川終了点で登山道へと合流した後、下山は7合目避難小屋まで登山道をトラバースするような形となります。山の斜面に刻まれた登山道は道幅が狭く、Mの歩行を支えることは困難で、なんとか歩いてもらう。
歩く度に走る痛みのせいで、歩調は非常にゆっくり。途中登山道が荒れている場所もあって苦戦。コースタイムの倍ほどかけて7合目の避難小屋まで到着。
7合目の避難小屋で救助要請し、救助隊が到着するまで避難小屋内で待機という手もありました。そうすれば恐らく死ぬことはなさそう。一方で、コースタイムの倍かかったとして、逆算すれば日没に間に合いそう。
「どれだけ痛くても、歩けるうちは自力下山したい」というMの強い希望で歩いての下山を再開。ただ、今まではトラバース主体の登山道でしたが、7合目避難小屋からは下り道となります。歩いて降りるとなると着地の振動が強く、その度に異常に腫張した右下腿に激痛が走り、痛みでMの歩みが止まることがしばしばありました。
下山中、ちょうど避難小屋の管理人さんが下山で我々を追い越し、普通でない様子を心配して立ち止まって待ってくれていました。事情を話すと、一緒に協力してMの下山を手助けしてくれることに。
私と管理人さんのどちらかMを背負い、もう一人が全員分の荷物をまとめて背負うという方法で下山することに。
Mを背負って歩く確かに下山速度は上がりましたが、背負われることで生じる振動によって、痛みが強くなり耐えられなくなることがあるとのこと。場所によってはMが歩いて進むことを希望することもありました。時には背負われ、時には歩きを交え、時間をかけながらも着実に下り、幸ノ川の出合いである林道には日が暮れる前に到着できました。
管理人さんは作業用の車を鎖のゲートより山側、幸ノ川出合から程なくのところに停めていました。車に乗せてもらい、林道歩きをショートカットし駐車場へ。
駐車場に到着すると、Mは安心したのか急に歩けなくなってしまい、肩を支える形で車から車へ。
汗だくになりながらMの下山を手助けしてくれた避難小屋の管理人さんに、「後でお礼をしたいので連絡先を教えていただけませんか?」と言うと、「そんなことより早くMを病院に連れて行ってやって。山でまた会おう」と言葉を残し、彼は名前すら告げずにその場を去って行きました。何というイケメン。
そこから車を飛ばして、病院へと急ぎました。
【※注意】転落にて発生した傷の写真とか出てくるので、そういう系が苦手な人は読むのをご遠慮ください。
医療機関受診~その後の経過
病院にて、Mは一通りの検査を受けました。脳へのダメージはなし。「骨折している可能性が高い」と検査前に医師から言われていましたが、各所の打撲部位に骨折はなさそうとの診断でした。
左眉外側の挫創は、洗浄の後、4針の縫合。
Mの痛がりか様らてっきり入院となると思っていましたたが、帰宅してよいとのこと。骨折がないのに入院はさせられないと。まともに歩けないほど痛みが強いのに、歩いて帰れはある意味で酷な指示でした。病院で松葉杖は出してもらいましたが、帰宅までなかなか困難でした。
ちなみに創部の感染予防のため、抗生物質が処方されました。金曜だったため、週末を挟んで月曜に外来受診の指示。とても仕事できる状態ではなかったので、Mは翌日から仕事の予定でしたが、急遽休む羽目に…。
今回の転落によって生じた受傷部位については以下
右下腿の皮下血(前脛骨部)
左眉外側挫創
左膝、大腿打撲
左手関節打撲(手根部)
9/9
外来(形成外科)受診。
右前脛骨部の腫張を伴う打撲部は、皮膚壊死と潰瘍化の恐れありと。
経過観察。
9/12
前脛骨部の腫張部位に水泡化した部位の水疱膜除去。
水疱除去後の皮膚は毎日の洗浄とゲンタシン軟膏での処置するようにと。
左眉外側部の抜糸。傷は大きくはないが瘢痕化する可能性もあるだろう。顔にあるだけに、跡が残るのは本人としては気になるだろうな、と思います。
9/19
右脛骨部以下の感覚障害と運動障害(はっきり診断として言われなかったがコンパートメントか)もあり、早期治癒のため皮下血腫の除去することに。保存的治療では血腫の吸収まで1年以上かかるケースもあるのだとか。局所麻酔下にて皮膚切開術。切開した創部にペンローズドレーン留置。
血腫除去にて下肢の感覚障害と痛みによる可動制限は改善。その日を界に、徐々に松葉杖無しでも歩けるように。
9/24
ペンローズドレーン抜去。足の痛みが続く場合は整形外科を受診するよう言われ、後日整形外科にてX-P,、MRI撮影→異常なし。
10/3
通院終了
職場復帰へ
現在Mは、2019年現在は登山ができるほどに回復しています。
最後に
既登の沢の簡単な滝で気の緩みがあったかとか、脆い岩質だから慎重に登るべきだったとか、事後に注意事項をあれこれと言うのは結局精神論的になりがち。トラブル時に大事だと思ったことについて、以下に。
暗くなる前に下山できたのは、早起きして活動開始したからこそだと思います。朝早くから行動を始めれば、日中トラブっても、対処するための活動時間が長くとれます。今回負傷者が出て、非常にゆっくりペースでの行動となってしまいましたが、日没まで時間があったのでなんとかその日のうちに下山し医療機関を受診できました。早出発の行動でホントに良かったな、と。
あとは、山で急な傷病者が出た場合、荷物持つなりその人を背負うなりの状況が出てくる可能性があります。その場合、人を助けるのは何よりもパワーであると感じました。軽量装備で登るのが快適なのは十分理解できますが、重い荷物を日頃から担いでパワーをつけておくことが、非常時に役に立つ。