マルチピッチクライミングの基本

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岩壁を登りきった先に広がる絶景。

シングルピッチのショートルートでは味わえない高度感。

そびえ立つ岩壁を、数ピッチに渡って登っていくマルチピッチクライミングは、それでしか味わえない醍醐味があり、個人的に大好きなクライミングジャンルです。

今回の記事ではマルチピッチクライミングに関する基本的なことをまとめてみました。

 

マルチピッチの手順というか流れは、フリークライミングだけでなく、アルパインにおける岩場の通過も、アイスクライミング(マルチ)も基本的に手順的にほぼ同じです。

 

【初心者向け】マルチピッチクライミングの基本

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小川山 烏帽子岩左稜線

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伊豆 城山 バトルランナー

 

基本的な流れ

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マルチピッチの何となくの流れ。細かい説明は省いてざっくりとGIFアニメーションにしてみました。

マルチピッチクライミングのキホン

★2人以上のクライマーで行う

・どっちかが先に登る(リード)

・上で支点の構築

・上の人が余ったロープを引き上げる。

・下の人が中間に使用したギアを回収しながら登る(フォロー)

・フォローが登りきったところで、次のピッチをどちらかがリードで登る

・以後繰り返し

 

以下に、各手順を詳細に説明していきます。

 

1P目(最初のリード)

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登る前に装備や手順などをチェック

最初のピッチのリード(クライミング)は、終了点に到着するまでは、シングルピッチのクライミングと手順は同じです。

1ピッチ目の終了点まで到着したら、リードしたクライマーはセルフビレイを行い自身の安全を確保してから、フォローを引き上げるための支点を作成します。

ちなみにマルチのルートで明確な終了点が見つけにくい場合、終了点を探しながらロープ長以上の距離を登ろうとしちゃうこともあるので、ビレイヤーは「(ロープが)あと○mです!」とか時々教えてあげると親切です。

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一度出発してしまったら、取り付きまで戻ってくるのは面倒。出発前に忘れ物がないかパートナーとダブルチェックを忘れずに。

 

支点構築

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リードで登ったクライマーは、セルフビレイを取る&フォローを安全に引き上げるべく十分な強度のある支点を作ります。

途中でこの支点がブッ壊れたら、結構な確率で2人ともあの世行きとなるので、支点構築はマルチピッチに置いてある意味最も重要な作業となります。

基本的に安定した支点が作れる場所が終了点になっています。金属製のボルトだけではなく、その場にあるものを利用して支点を作っていきます。

 

ボルト2本

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よく整備されたルートの終了点にはハンガーボルトが二本が岩に埋めてあります。ステンレス製ボルトはひとつ25knほどの対衝撃性があります。が、岩の中に入ってる芯の部分が錆びて腐食してないかなど、確かめる手段がない場合も。ハンガー部分を固定している六角ボルトが緩んでいて、仕方なく手で増し締めすることは時々あります。

 

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マルチピッチでよく出てくる木を支点とする方法。下降用のスリングが巻き付けてあったりするので、見るとだいたいそれと分かります。

木の太さにより強度はまちまち。根本に近い方が強度は強いですが、アイレベル以上にスリングを巻いた方がフォロー確保の操作がしやすいので、木の太さや形からベストな位置を判断する必要があります。枯れ木より生木。

マルチピッチの支点作成で使用頻度の高い120cmのスリング。

 

クラック

クラックにカムを決めて支点とする場合も。既に適切なサイズのカムを使いきった後にコレだと焦る。

安心のためにカムを固め取りして支点を作ってしまった場合、次のルートで使いたいたいサイズのカムが無くて困る…といった可能性もあるため、ご利用は計画的に。

次のピッチもクラックでカムが必要な場合などは、ナッツやトライカムなどで支点構築するとランナー用のカムが節約できることも。

 

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ピナクルなど、スリングが巻き付けられる岩があれば支点にすることが可能です。

ダイニーマ製のほっそいスリングだと岩角で擦り切れてしまわないかと無駄にハラハラします。太いナイロン製スリングは、こういう時に見た目安心感があったりします。

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どこぞの岩場にあった、芯しか残っていない残置ロープ

残置ロープの強度はまちまち。

大事なのは、支点はパーティーの命を支える最も大事なものという認識。途中で支点がブッ飛んだら皆死ぬ可能性が高いので、支点作成に妥協は厳禁です。

 

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アルパインクライミングなどでは、古いボルト(錆びたリングボルト等)が支点となっていることも多く、十分な強度があるか不明なため、使用には注意が必要です。私個人としては、怪しいリングボルトを使うぐらいなら、クラックにカムを決めたり岩にスリングを巻く方が好きです。

 

セルフビレイについて

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私は以前、PAS(セルフビレイ用スリング)などを用いてセルフビレイを行っていましたが、最近は荷物の軽量化とシンプル化のためにPASは持って行かなくなりました。

セルフビレイはメインロープをマスターポイントのビナにクローブヒッチで行っています。

メインロープでセルフビレイを行うのとPAS類を使ってのセルフビレイは、それぞれに長所/短所があるのでお好みに応じた方法でやるのが良いでしょう。

 

【メインロープでのセルフビレイ】

●持っていくギアを少なくできる。装備を効率よく利用できる。

●メインロープなので多少の衝撃吸収が期待できる。

●メインロープなので十分な強度がある。

▲咄嗟にセルフビレイを行いたい時には少し手間。

 

【PASのでのセルフビレイ】

●PASにつけたカラビナを支点に掛けるだけで、セルフビレイが迅速に行える。

●懸垂下降を数ピッチに渡って行う場合、セルフビレイが容易。

▲モノによっては衝撃吸収性がない。

▲登るときに邪魔。荷物が増える。

 

PASについては専用品を買わなくても、120cmほどのスリングに結び目をいくつか作れば簡易的なPASとして使用できます。結び目を作るとそこでスリングの強度低下が起きるとも言われていますが、セルフビレイを行うだけならそこまでの衝撃荷重はかからないので問題は少ないと思います。

 

ロープの引き上げ

十分な強度のある支点を作ってセルフビレイを行ったら、上の人はビレイヤーにコールをしてビレイを解除してもらい、ロープを引き上げ作業に入ります。ロープがダルダルな状態だと、フォローで登ってくる人が落ちた時にロープをピンと張れません。フォローが登る前に、先にリードで登った人がロープを引き上げておく必要があります。

ちなみに屈曲の多いルートでロープの流れが悪くなると引き上げに腕力が必要となるので苦労します。パンプしてるときは特に。

 

フォローの安全を確保する

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ロープをいっぱいまで引き上げたら、上の人はビレイデバイスをセットして、フォローのクライマーが上がってこられるようにします。

ビレイデバイスごとに正しいセット方法は異なります(大体同じだけど)ので、事前に要確認。
どこにカラビナを掛けるか、どっちがクライマー側で、どっちがビレイヤー側なのかしっかり確認してからセットしましょう。デバイスのセットを間違えた場合、フォローがテンションを掛けた時に重大事故が発生する危険性があります。

 

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ビレイデバイスがセットできたら、上の人は下で待機している人に向かって「ビレイOK!」でも「登ってきて!」 でもいいので、登ってきても大丈夫なことを簡潔明瞭に伝えましょう。風の音とかで声がなかなか届かないことも多々あって、デカイ声でやりとりするのは結構疲れるので、コールはできるだけシンプルなのが良いですね。

コミュニケーションは超大事!

※ロープいっぱいに引き上げた後、ビレイデバイスをセットする前に登ろうとするせっかちさんもいるので、意思疎通や手順の確認は事前にしっかり行いましょう。

 

フォローが登る

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フォローで登る人は原理的にトップロープと同じです。フォローはもし落ちてもロープの伸び率(&ロープのたるみ分)落ちるだけで済みます。

支点さえしっかりしていれば、フォローで何mもドカ落ちすることはありません。そのため、フォローで登る場合は安全性は高く、精神的なプレッシャーは比較的少ないです。

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フォローで登る人は、中間支点(ヌンチャクやカムなど)を回収しながら登ります。回収時に中間支点に使ってあるギア類を落っことさないように注意が必要。カムが岩に食い込んでしまいなかなか外れない時などは、(登るスタイルにもよりますが)あえてテンションを掛けてからじっくり回収に取り掛かるのも良いでしょう。

リードとフォローの身長差がある場合、「いい足場から手が届かなくてギアの回収が大変!」ということもあるので、リードの人は余裕があればフォローが回収しやすい位置にNPギア(キャメロットなど)をセットできると良い。

ちなみにナッツキーなど、回収用のギアは、パーティのうちフォローで登る人が1つ持っていれば十分です。

 

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ダブルロープだとフォロー2人を同時にビレイ可能。

 

フォローのセルフビレイ

フォローは終了点まで登ったらまずセルフビレイを行って安全を確保します。フォローの安全が確保されたのを確認してから、上の人(フォローの確保者)はビレイデバイスにセットされたロープを外しても大丈夫です。

 

ギアの受け渡し

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ピッチ終了点で2人が揃ったら、ギアの受け渡しを行います。次にリードで登る人が、登る際に必要なギア(ヌンチャクやカムなど)を受け取ります。受け渡しをミスると、位置によっては数十m下までギアが落っこちて回収できないこともあるので、「渡すよ」「受け取った」など、声を掛け合いながら、ギアを落とさないように注意して受け渡しをする必要があります。

ギアの受け渡しが終わったら、どちらかが次のピッチをリードで登ります。

次のピッチのリードで登る人は予め決めておいても良いし、ルートを見てから決めてもいいし、そのへんはお好みで。

 

次のピッチを登る

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ギアの受け渡しが終わったら、次ビレイヤーになる人がATCなどのデバイスをセット(フォローモードからリードモードへ)。次登る人がセルフビレイを解除して、続いてのピッチが始まります。

1ピン目を取る前にリードの人が落ちるとビレイヤー側も引っ張られてしまうので、最初のピンが近いor落ちない場面以外はゼロピンを取っておくのが安全。リードの人が1ピン目以降にクリップできたら、ロープの流れを考えてビレイヤーがゼロピンを外してしまっても大丈夫です。

以上のような流れを繰り返しながら、ルートの終了点まで交互に登っていくのがマルチピッチの基本となります。 

 

トップアウト 

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マルチピッチでルート終了点(多くは岩の頭)まで抜けると、トップアウト。マルチピッチの登りパートは終了です。

ショートルート(シングルピッチのクライミング)だと多くはビレイヤーにロワーダウンしてもらうと地面まで戻って来られますが、ルチピッチでは登りきった先のことも考えておく必要があります

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下降

ルートを登り終えたあと(あるいは敗退を決めたあと)は、何らかの方法で下降する必要があります。

大まかに分けて方法は二つ。懸垂下降で取り付きまで戻るか、歩いて降りるかです。

 

懸垂下降

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ロープを使用し下降する懸垂下降(ラペル)は、歩きやクライムダウンではてとても下れない斜面でも降りられますし、歩かずに済むので楽な方法です。

ただし、途中で支点が崩壊したり、ロープ長が足りずにスッポ抜けたりして、下降に失敗すると高確率で死が待っているリスクのある技術であることを忘れてはいけません。

クライミングの死亡事故の多くは懸垂下降の失敗によるものだとも言われていますし、有名どころのクライマーも懸垂下降に失敗して落ちたりしているという事実に留意しておくべきです。

あと、懸垂下降は確かに体力的には楽なのですが、ロープをまとめたりほどいたり、絡まっているのをほぐしたりとか、色々やってると意外と時間がかかります。脇に歩いて降りられる道がある場合は、あえて歩いた方が早いことも多々あります。

 

歩いて下降

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懸垂下降よりも、歩きによる下降の方が手っ取り早く下れる場合も多くあります。

歩きでの下降が想定される場合、アプローチシューズなどの靴を持っていく必要アリ。クライミングシューズでも歩けないことはないんですが、道を歩くとなると足が痛くて辛かったです。

 

※下降路は分かる?

それなりに人気ルートの場合は踏み跡がしっかり付いていることが多いですし、終了点から一般登山道に通じている場合、下降はさほど大変ではないです。踏み跡がよくわからないような場合、下降で道迷いだったり滑落リスクもあるので、下降路についても事前に調べておくのが良いです。登ることばかりに集中してしまって、下降については意外に忘れがち。

 

トラッドクライミング技術

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数百メートルあるような岩場で、ルートを通して全てボルトを埋めていくのは大変。登坂距離が長くなるに従って、オールボルトのスポートクライミング的なルートは数が少なくなる印象。

使える割れ目がある場合、クラックでのプロテクションを取ったり、灌木が終了点となっているようなケースがマルチピッチでは多いです。

ナチュラルプロテクション(カムやナッツ)を確実に決める技術や、クラックを使って登るジャミングができると、マルチピッチクライミングで登れるルートの幅が広がります。

マルチピッチクライミングに興味のある方は、トラッドクライミングの技術も身につけておくのがオススメです。

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まずは、比較的安全に登れる場所で練習を

 

グレードだけで判断しない!

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トポだとグレードが低めで優しいのかと思っちゃうけど…。ベルジュエールの大フレーク

クライミングのグレードは、クライミングムーブの内容について付けられていることが多く、「怖さ」「危険度」はグレードに含まれていない場合があるのも留意すべきポイントです。

ムーブの強度は低いけど、ルート中まともなプロテクションがとれずランナウトするようなとこに平気で低グレードが付いている場合もあるので注意(瑞牆とかでよくある)。

また、シングルピッチと同じグレードでも、マルチだと厳しく感じることがあります。これは、何ピッチも連続して登っているため疲労している、荷物を担いでいるので身体が重い、などの要因が考えられます。上まで抜け切るには時間的にも限りがありますし、各ピッチで悠長に時間をかけるわけにはいきません。なので、最高RPグレードと同じグレードが含まれているマルチピッチルートは、避けた方が無難かな…と思います。

 

シューズは何が良い?

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マルチを登るクライマーに人気のTCプロ

マルチピッチに最適なクライミングシューズは何か…

個人的にはどのシューズが合うかは人それぞれなので、人による、ルートによるとしか言えません。マルチ最強のスーパーシューズは無いと思っています。

ヨセミテのビッグウォールを登るクライマーの影響か、スポルティバのTCプロをを履いている人が多い印象です。

自分も以前はTCプロを履いていました。確かに長時間履いていられるので悪くないのですが…。ずっと履いていると、どうしても痛くなってくる箇所が出てくるし、着脱が他のシューズと比べるとちょっと面倒…。ちょっと前まではマルチ=TCプロを使っていましたが、現在TCプロではなくてショートルートでも使っているミウラーとかその辺を使っています。シューキーパーとか付けて、安定したテラスでビレイする時にはシューズを脱いだりしています。

 

荷物を持っていく?

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マルチピッチでは何時間もルート(岩壁)内で行動するので、色々な物品が必要になることがあります。

バックパックを各自持って行くのか、フォローだけ担ぐのか、そもそもバックパックは持っていかず、ギアは全てギアラックに掛けていくか。それは全てルートの性質・内容に依って決めるべきです。

長めのルートなら水分要るとか、歩いて下降する場合は歩行用シューズが要るとか、ルート取りに自信がなくトポが要る、天候急変に備えレインウェアを持っていくとか、様々な要素を考え、持っていく荷物を決めて行きます。難しいルートを登る場合、当然ながら装備を切り詰め軽くした方が楽です。過剰な荷物はクライミングの妨げとなるので、そのルート(クライミング)が高難度になればなるほど、可能な限り荷物は厳選し軽量化したいものです。

 

マルチピッチクライミングは、ひとつのミスが生命の危機に直結する場面もあります。この記事以外にも、様々な方法(講習会、動画等)で技術の学習しておくことをオススメします。

最初は2ピッチぐらいのマルチから、手順を繰り返し練習しつつステップアップをしていくのが良いかなと思います。

 

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www.dimountainphotos.com